【現実と合わなくなってきた憲法】
憲法は一〇三条から成っているが、その目的を達成するために、千八百本ほど法律がある。さらに国民生活においてその法律の目的を実施するための政省令は、五千三百ほどある。そういう中でわれわれの生活が営まれているわけだが、これが現実と合わなくなってきた。この問題点を解決するには、その理由を確かめていかなければならない。
最高裁判所で違憲合憲の判決をやってきたが、最高裁判所の総務部長を国会に呼んで「どうしているのか」と聞くと、「行政に関する件に関しては、最高裁は違憲の判断を避けている」と言う。最高裁判所の責任者がこういうことをはっきりと言うのである。
最近、裁判官の給与引き下げが決められた。最高裁判事の会議を二回ばかり開いたようだが、裁判官の給与は相当額を報酬として受けることを憲法に規定している。これは最高裁の裁判官を含めて、全国の高等裁判所、地方裁判所判事全てである。そしてその報酬は就任時の給与を下げてはならないということが憲法に書かれている。それを今回、人事院勧告に基づいて、最高裁を含め全国の裁判官の給与を引き下げることに同意をしたのである。
これに対して内閣は閣議を開いて「これは違憲ではない」とわざわざ断っている。しかし国民は何も分からない。中学生、高校生が憲法を勉強しようと読んだときに、矛盾を感じてしまうだろう。
憲法九条でも「陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない」と九条二項に書いてあるが、現実に航空自衛隊、陸上自衛隊、海上自衛隊があり、軍隊の機能を果たしている。だから中学・高校生が憲法を読み、その一方で実際に国がやっていることを見れば、大きな矛盾を感じるのは当然だ。
いま言ったように、憲法第七九条第六項に「最高裁判所の裁判官は、すべて定期に相当額の報酬を受ける。この報酬は、在任中、これを減額することができない」と規定されている。さらに八〇条第二項に「下級裁判所の裁判官は、すべて定期に相当額の報酬を受ける。この報酬は、在任中、これを減額することができない」と明記されている。
にもかかわらず給与引き下げがなされる。つまり解釈改憲が随時行われているのである。憲法でいちばん問題なのは、解釈改憲をどんどん広げていくと、問題点がさらに複雑になってくることである。
だいたい憲法に違反しているかどうかは内閣法制局長官が判断し、内閣のやっている行政が違憲でないという判断を国会で示す。
違憲訴訟を起こすと、いちばん長い訴訟の場合およそ二十年ぐらいかかる。下級裁判所で違憲訴訟を起こすと、その問題は一挙に最高裁に行く。そこで違憲問題をやって、そしてまた下級裁判所へ差し戻すということになっている。憲法に対する最高裁のあり方というのは、実に大きな問題を示している。
【与野党で憲法調査】
私ども憲法調査会は憲法を調査をするため、おおむね五年間、これに当たることになっている。これは与野党で合意した年限であるが、すでに三年を終わろうとしている。
この中には共産党も、社会民主党の委員も入ってこなくてはならない。国民を代表する各政党が参加しないと、憲法問題を議論する意味がないのだ。なぜなら憲法を改正する場合には、国会議員の三分の二の議決があって、その後、憲法九六条で決めた国民投票が行われるという仕掛けになっているからである。
与野党が全部参加した形をどうつくるかというのは、私どもがこの憲法調査会を立ち上げるときの最大の目標であった。したがって与野党で合意できるものということで、「おおむね五年」、そして「議決権を持たない」という条件を衆議院の議院運営委員会で取り決めた。「結構です」ということで今日まで運営をしてきたのである。
まず第一に、憲法制定の経過について、約半年議論をした。歴史的事実だから、与野党ともこれは認めざるを得ない。占領期間中におけるマッカーサー司令部の行った憲法作成の過程について、参考人も呼んで、与野党一致して確認をした。
その次にやったことは最高裁判所を呼んで、違憲訴訟の問題を調査した。これはいま申し上げたとおりだ。その次のテーマとしては二十一世紀の日本のあるべき姿ということで、議論をずっと続けてきた。議論は多岐にわたって行われた。
その間に外国の憲法を調査するということで、共産党・社民党も含めた調査団を三回にわたって派遣した。
第一回は、まず日本と同じように連合国と戦って敗れたドイツへ行って憲法を調査した。その後は中立国のスイスへ行った。中立国は憲法を改正するかどうか。ちなみにドイツは四十七、八回ぐらい改正している。スイスも憲法改正を行っている。ここは新しい遺伝子技術の開発によって出てくる生命倫理の問題を新たに憲法で規制している。さらに王制のオランダ、スペイン、イギリスを訪れた。王様のいらっしゃる国での憲法はどのように改正されているかを見てきたわけだが、全て改正を行っている。
小泉総理が言っていた首相公選制については、イスラエルへ行った。イスラエルは憲法改正をして、首相公選制を導入した。ところがこれを実施してみて、イスラエルが到達した結論は、首相公選制ではダメだということで、五年の実施期間を過ぎたところで憲法改正し、首相公選制を廃止した。後ほど詳述するが、衆議院の憲法調査会でもこの事例を参考にした。
またソ連から民主化したロシアが何をやったかということを調査した。これも憲法を改正したわけである。さらにハンガリーとかポーランドなど旧共産圏というように、いろいろな国の調査をした。これらの国も全て憲法改正をやっている。
そういうことで共産党・社会民主党も含めた調査団を派遣することによって、現実に世界各国は、国際情勢の変化に対応して国内の問題も処理をするときに、自らの手で憲法を改正しているということを、報告書で確認させたわけである。
【首相公選を廃止したイスラエル】
こういう経過を踏まえて、本年は憲法制定したいちばん古い国、イギリスを訪れ、イギリスでマグナカルタ以来の憲法のあり方について、いろいろと調査をした。そこでは非常に考えさせられる点があった。官民の関係が非常にはっきりしている。
それから首相公選制に近いことを彼らはやっているということを感じた。つまり政党が選挙に臨むとき、自分の政党が過半数になった場合には、選挙前にあらかじめ決めた首相候補をそのまま首相にする。日本のように、自民党が勝ったら、派閥の親分が寄って、今度は誰にするかということを駆け引きする、というようなことはやらない。あらかじめ政党で決めた党首が首相に就任するのである。イギリスのやり方は、失敗したイスラエルの首相公選制よりも合理的だと思った。
イスラエルは何が問題だったのか。
国会議員の定数が百二十である。私が一人の有権者とすると、どういう人物に票を投じるか。全国的に人気がある人は、新聞の書き方によっていかにも偉い人のように映る。そういう人に入れる。もうひとつは、私の地域の利益に直接関係する、自分の地域から出ている候補者に投票する。
そうすると、選挙後に首相になった人物と、選んだ国会議員の政党に違いができる。そうなると、首相が公選された後、議会に提案する法律案の賛否を明らかにするときに、駆け引きをする。そして「大臣ポストを寄越せ」ということで政党は分裂していく。そのため百二十名の国会議員で二十六名ぐらい閣僚ができた。これでイスラエルは首相公選制を廃止した。こういう経過をたどったのである。
私どもが到達した結論は、共産主義であった国も民主化になって憲法改正がされた。王制の国も何度も憲法を改正している。
今年はイギリスからさらにアジアを回った。アジアでは、まずタイへ行った。王制のタイはどうなのか。ここも憲法改正をしている。さらにシンガポールへ行った。ここも憲法改正をやっている。それからインドネシア、フィリピン、こういった国々もそれぞれ調査をしたが、やはり憲法改正をやっている。
フィリピンはアメリカの植民地だったが、独立後は、上院の三分の二、国民投票の半分がなければ外国軍隊の駐留は認めないということが憲法で決められている。
中華人民共和国も憲法改正を四回行っている。さらに韓国はどうか。ご承知のように軍人大統領の時代があった。そしていま行われている大統領選挙という経緯の中で、韓国も憲法改正を行った。
そういうことで、訪問した国は全部憲法を改正している。「日本の平和憲法は世界一だ」と言う人もいるが、それでは憲法を改正した国を回ってみて、日本の憲法を参考にしてつくられた憲法はあったかというと、ほとんどない。それぞれの国の特徴によって、国あるいは国民の利益になるように憲法を改正している。
【「憲法はたえず変えていく」】
いちばん印象に残ったのは、ロシアのブキャノフという国家建設委員長が言ったことで、「グローバリゼーションと情報化の進む社会において、憲法はたえずそれにマッチさせて変えていく」。かつての共産主義国の人が、私ども調査団にこう説明したのである。
こういうことで、いよいよ中間報告を議長に提出した。いま臨時国会に入って、来週から憲法調査会の分科会を行うが、国民の関心は低い。ここに一番問題がある。
残された時間があまりない。おおむね五年という期間だが、十二月の国会が終わると、三年が終わる。結論を出すまでにあと二年しかない。この二年のうちには必ず衆議院の解散があるから、前後四カ月は国会の審議ができない。それから予算編成から次の年の国会召集までの一カ月は時間がない。そうすると、実際に審議できる時間というのは一年四カ月か五カ月だ。その間にとりまとめをして、報告書を書かなければいけない。
どういう報告書になるかはまだ私の口からは申し上げられないが、審議の経過を見ると、いまのところ自由民主党が改憲論。民主党も改憲論。それから公明党が加憲論、すなわち今ある一〇三条にプラス新しい憲法の条項をつけるというものだ。公明党は、十年間は触らないと言っていたが、この十一月二日の党大会で、だいたい二〇〇五年に加憲という形で憲法改正をしようということを言い出した。保守党も憲法改正。自由党も憲法改正。民主党は護憲派と改憲派が混在している。憲法改正に反対しているのは社民党と共産党だけだ。
国会議席の三分の二の賛成が必要だが、そうなると、この三分の二を取れる可能性も、見通しが出てきた。
そうすると、憲法調査会を終了したあとに出てくる問題は、報告書の提出だけだ。それには議論の集約をした形で出さなければならないと思っている。そうなる時期がだんだんと迫ってきた。国の大改造をやる時期がやってくるわけである。 |